幻想絵画は美しいだけじゃなかった
「絵画」 といっても、きれいで美しい絵もあるし・・
そうでない絵もありますよね。
絵にはたくさんの種類のジャンルがあります。
私は、絵を勉強し始めた頃は、どうしてこの絵が芸術で、素晴らしい絵といわれているんだろう・・・?
そんな風に思ってしまう絵もあったんですね。
西洋の美術史を学ぶにしたがって、どうして、この奇妙な絵が芸術なのか?・・・
が少しずつ分かってきたのですが
美術の歴史や西洋の文化についてなじみのない人にとっては
ヒエロニムス・ボスの絵だったり
ウイリアムブレイクの絵だったり
現実の世界ではありえない現象を描いた絵は
きっと、奇妙に映ると思うのです。
私もそう、思っていました。
その他にも、19世紀にベルギーで活躍した、「ジェームス・アンソール」という画家がいるのですが、私はこの画家の存在を知った時には、少し驚いてしまいました。
ジェームス・アンソールの絵は、あるテレビ番組で紹介していたのを見て、知ったのですが、
仮面を被った人達や骸骨がたくさん登場する絵を描いているんですよ。
「首吊り人の死体を奪い合う骸骨たち」
というタイトルの絵は
ちょうど、絵の真ん中に首を吊った人が描かれていて、
その周りを取り囲むようにして、骸骨たちが箒のようなものを持って、なにやら、騒いでいる様子が描き出されています。
このような
昔から伝わる神話や民話といった空想の世界を描いた絵や、宗教を啓示した内容を絵にあらわしたものそれから
夢や幻想など、非合理的な潜在意識に焦点をあてて表現した芸術全般のことを
幻想絵画
と呼ぶのだそうです。
こうした、幻想絵画絵は昔から、古今東西に存在するのだそうで
いつの時代でも幻想絵画と呼ばれる絵は存在します。
戦後にヨーロッパを中心に始まった、ウィーン幻想派という一派も、この「幻想絵画」と呼ばれるジャンルに分類されています。
「ベルギー」という国に焦点をあてて、幻想絵画を紹介した展覧会が
私の地元の美術館で開催されたのをきっかけに、「幻想絵画」について詳しく調べてみたのです。
そこで、今回の記事では
ベルギーの「幻想絵画」について
ご紹介していきたいと思います。
【幻想絵画の特徴】具体的にはどんな絵のこと?
幻想絵画は、基本的に、写実的にあたかも実在するような描き方で描かれています。
しかし、現実には実際には存在しない、夢のなかの出来事や空想をテーマに描かれていて
たとえば、神話や民話。
精霊や妖精といったものを描いています。
その他にも
宗教的な教えを絵に表したものや、密教的な世界観を描き表したものなどです。
幻想文学作品を視覚化したもの、SF小説に感化されてそれらを視覚化しようと試みる中で生まれた絵画作品も幻想絵画のジャンルに含まれるそうなんです。
【幻想絵画】ベルギーで活躍した代表的な画家
「幻想絵画」を最初に描いた画家は
一般的にはヒエロニムス・ボス(1450年~1516年)という画家あたりからだと言われています。
ヒエロニムス・ボスは15世紀、フランドル地方を代表する画家です。
ボスは、ドイツの古都アーヘン出身の画家の家系に生まれました。
本名はヒエロニムス・ファン・アーケン
父の代に、現代のオランダ南部の都市(セルトーヘンボス)に移り住んで、そこで生涯を過ごしました。
「大公の森」を意味するこの町の名からボスという通称名で知られるようになったそうです。
ボスは人間の根源的な罪に焦点をあてて絵を描いた画家で、欲望に満ち溢れた人間たちを待ち受ける地獄の様子をリアルに描き出しました。
信仰を貫く聖人や、地獄で持ち受ける悪魔たちを
想像豊かに描き出し、人気を得ていました。
16世紀には、ネーデルランド(今のベルギー、オランダ地方)はスペインの統治下になるのですが、
ボスの人気は衰えず
当時、在位していたスペイン国王フェリペ2世(在位1556~1598年)がボスの絵を熱心に取集していたといいます。
国際的な都市として栄えたアントワープでも
ボスの絵は大変好まれ、ボス的な趣向の絵画はアートマーケットで溢れかえっていたようです。
スペイン統治下のネーデルランドでは、異教徒に対する激しい弾圧や経済の悪化で、スペイン反乱が起きるのですが(80年戦争と言われるものです。)
その、戦争によって
北部はオランダ連邦共和国として独立しますが
今のベルギーにあたる南部はスペインの支配下になってしまいます。
この、戦争で大打撃を受けたアントワープで、
今度は、ボスに替わって
「ルーベンス」が悪魔を理想的な体に変えて、人間の恐れや激しい感情といった目に見えないものを描き出しました。
幻想絵画はどうしてベルギーで発展したの?
ベルギーという国はヨーロッパの十字路と言われている場所にあり
面積が・人口が日本の九州より少し少ないくらいの王国でした。
北半分のフランドル地方ではオランダ語を話し、南のワロニー地方では、かつてワロン語を話していましたが、
今ではフランス語と少しのドイツ語が使われています。
国の中央付近では、二言語を使用していて、フランス語が優勢ですがオランダ語圏に囲まれた飛び地となっています。
このような言語のモザイクの中で、かねてより民衆に対して教会の教えを伝える共通の言語が絵画だったのですね。
こうした背景から、ベルギーでは、幻想絵画が発展していったといえるのでしょう。
ヒエロニムス・ボスの絵画を観ていると
教会の教えを民衆に広めるために、絵画が描かれたことが良くわかります。
その後も
ボスの描き出した聖人や悪魔は、ピーテル・パウル・ルーベンスによって、理想的な人間の体を持つものとして描きだされていますが
描いている絵のテーマは
やはり、人間の罪深さだったり、宗教の教えを説くための物語を題材としたものであることには変わりありません。
幻想絵画は私たち人間の中にあるもの
こういった
幻想絵画と言われる分野の絵画には
共通する部分があることに気が付きました。
それは
人間の内面を描き出しているということです。
ベルギーの幻想絵画は19世紀には
象徴主義や表現主義と呼ばれる芸術活動として継承されていきます。
幻想絵画のひとつである象徴主義とはどんな芸術活動なの
19世紀には工業化と都市化が進んだ時代です。
そうした科学の発展に背を向けて、想像と夢の世界を描いた芸術家たちの活動や傾向を「象徴主義」といいます。
画家のフェリシアン・ロップスは死神や魔性の生き物を絵に描きました。
ロップスが描き出したかったものは、
人生の苦しみから救ってくれる、死の世界でした。
死を主題にしているけれど、悲惨さだけではなくて、
魂の解放と、上昇をも描き出しました。
ジェームズ・アンソールは、現世の欺瞞や嫌らしさを、骸骨と仮面を狂言まわしとして描きました。
19世紀のベルギー美術に描かれる骸骨と仮面は、
隠されるもの、隠すもの、暴かれるものという意味があるそうです。
科学の発展がもたらした「昼の精神」は、結果的に幻視家たちの「夜の精神」、すなわち、心の中のビジョンを強めたという訳です。
ベルギー幻想絵画は20世紀にはシュルレアリスムへと繋がっていく
ボスから始まったベルギーの幻想絵画は、時代とともに変化し、
20世紀に入ると絵画や版画のみならず、彫刻や音、インスタレーションへと広がっていきます。
第一次世界大戦から、第二次世界大戦にまたがってシュルレアリスムの芸術運動が起こりましたが、
ベルギーの画家たちも、そのシュルレアリスム運動の影響を受けています。
ポールデルボーは、夢の中のような世界に裸の女性や骸骨がさまよう世界を描きました。
ルネマグリットは、既存のイメージを持つ物を、違うイメージの関係性の場所に移して不思議なイメージの絵を描きました。
こうした、死の世界を暗示させる系譜はベルギーの地にずっと引き継がれて描かれてきていることが分かります。
まとめ
幻想絵画はいつの時代にも、どのような場所にも存在するジャンルの絵画です。
そこに描き出されたものは、
神話や民話、おとぎ話や精霊、妖精
地獄の世界や悪魔や死神といった現実にはあり得ない世界です。
しかし
共通していることは、いずれも人間の心の中を描き表しているという事でしょうか。
中世の時代から、フランドル地方(今のベルギー)は、昔から争いが絶えず、他国から侵略を受け続けてきたことや
そうした事からいつも死と隣り合わせの状況だった事。
たくさんの言語が使われていた(今も多言語の国)といったことなどから、
ボス、ルーベンスから現代まで、いつの時代も死を感じさせる絵画が描かれてきているのですね。